インクライン
2026-03-01

インクライン2026.3・4月合併号 数字の向こう側へ―”手触り感”のある税理士業へを掲載しました。

開始日:2026-03-01

数字の向こう側へ―
“手触り感”のある税理士業へ
リスクマネジメント制度推進委員会 委員長 岡村 勇毅

最近、強く思うことがある。

生産性の反対側にある「非効率」こそ、これからの時代にいちばん大事になるのではないか、ということである。

飯尾醸造の無農薬の原料から作られたお酢、kuskaの手織りのネクタイ、永楽屋の友禅染の手ぬぐい。そこには共通して、“早く・安く・大量に”とは真逆の時間が流れている。手間がかかっている。揺らぎがある。整いすぎていない。けれど、だからこそ心がワクワクする。数字に表れない価値が、確かにそこにあるのである。

桂離宮の美意識は左右非対称だと聞く。完璧にシンメトリーに揃えない。あえて少し崩す。余白を残す。その“崩し”が、見る人の感情を動かす。私はこれを、経営にも、そして税理士の仕事にも、そのまま当てはめて考えている。効率化はもちろん大事である。AIもDXも、どんどん進めてよい。

ただし、効率に寄りすぎると、私たちは「人間が人間を支える」という根っこの部分を見失ってしまう。経営は、最後は理屈だけでは前に進まない。信用で動く。未来への信頼で動く。すなわち、リアルな人と人との関係性や感情によって、人は動くのである。

「手触り感が欲しい」。これは私の中で、最近ずっと反響している言葉である。コロナ禍で私たちはZoomなどのオンラインという武器を手に入れた。出張がなくなり、新幹線や飛行機はどうなるのだろうと思ったが、コロナが明けた今、それらの稼働率は戻っている。結局、人間はリアルを好む生き物なのだと感じた。

もちろん、数字は大事である。しかし、数字は地図であって、現地ではない。顧問先が本当に欲しいのは、正しい数字そのもの以上に、数字の向こう側にある「安心」だと私は思う。未来が見える安心。自分の意思で前に進める安心。税理士の仕事はそこまで担える、いや、担わないといけない仕事である。

伴走支援について、私はよくこう考える。伴走は「靴を履かせる」ことではない。「履けるようにする」ことである。税理士が全部やってしまえば、たしかに短期的には早い。しかし、それでは顧問先の足腰が鍛えられない。基礎体力が上がらない。筋肉質な経営は難しくなる。

計画は、経営者にしか作れない。変動損益計算書をベースに計画は作れるが、経営者の腹に落ちていなければ実行されない。いわば「仏作って魂入れず」である。逆に、経営者が自分の言葉で描いた計画は、多少荒くても強い。私はそこに立ち会いたい。数字を整えるだけではなく、未来を一緒に描く会計事務所。これが私の目指す姿である。

私は東本願寺の役員に就任させていただき、仏教の学びを続けているが、仏教の言葉が経営の現場で妙に刺さることがある。

他力本願。これは「他人任せ」ではない。水泳に似ている。力任せにバシャバシャ動くほど沈む。水の力を信じて身体を預け、呼吸を整えると浮く。経営者も同じで、焦って力任せにやるほど苦しくなる瞬間がある。そんなときに必要なのは、根性論ではなく、安心(あんじん)である。落ち着いて選べる状態。意思決定に資する情報が提供されている状態。未来を見て判断できる状態。税理士は、その安心をつくる仕事でもあると私は思う。

無我とは、我を捨てることによって救われることである。諸行無常とは、すべてが移り変わることである。移り変わるからこそ、無理のある成長より、存続が重要になる。私は「短期的成長より持続的成長」を掲げたい。短期で映える成果より、長期で残る文化。ロングターミズムの文化的経営。ここに、日本的経営の強さがもう一度宿ると考えている。

税の話は、もっと未来そのものである。顧問先の社長が企業を買収した際、中小企業事業再編投資損失準備金を提案したところ、「課税の繰延は未来の経営者に負債を残す。だからこの準備金はやらない」とおっしゃった。その言葉が強く印象に残っている。目先の資金繰りだけ見れば「得」に見える施策が、後継者にとっては「地雷」になることがある。喉が渇いているのに塩水を飲むようなものだ。その場は潤った気になる。しかし、あとで必ず苦しくなる。

税理士は、その構造を言葉にして、選択肢のメリット・デメリットを、未来の世代まで含めて説明できる専門家でありたい。目の前の正解ではなく、未来の「見えない利害関係者」にとっての正解を一緒に探す。その姿勢が、信用を生むと私は信じている。

信用。これは業界の共通資本である。贈与が「信頼している、顔の見える関係の人にするもの」であるように、経営もまた、最後は信頼で動く。だから私は、地味でも効くことを大事にしたい。究極の経営助言であるリスマネを推進しているか。決算報告会を開催しているか。顧問先と数字を挟んで「顔の見える関係」で会話できているか。そういう一つひとつの積み重ねが、会社を守り、ファミリーを守り、次世代を守るのである。

そして、業界としては立法が重要である。制度は文化を形づくり、文化は未来を形づくる。現場の痛みを知る私たちが声を上げ、仕組みを整え、未来の税理士と未来の中小企業が苦しまないようにする。これは、私たちの責務である。

一人の100歩より、100人の1歩。スイミーのように、小さな力が束になって大きな魚を動かす。担雪埋井の精神で、税理士が元気になれば、その先の中小企業は必ず元気になる。私は本気でそう信じている。

「人間として生まれたことは有難い(あるだけで難しい)」。この言葉を噛みしめるたび、残りの命の使い方を考える。私は、税理士という仕事を、未来をつくる方向に使い切りたい。効率の時代だからこそ、非効率を大切にする。数字の時代だからこそ、数字に出ない価値を守る。整いすぎない「ナチュラル」な強さを取り戻す。

Japan as No.1 をもう一度思い起こさせるJapan Next No.1 を、私は提唱したい。

それは派手な掛け声ではなく、信用と文化を積み上げる生き方の宣言である。私たちが元気になり、顧問先が元気になり、その地域が元気になる。未来は、目の前の一歩の中にある。今日もその一歩を、業界みんなで踏み出していきたい。