インクライン2025.12月号「ブルーカラービリオネア」現象にみるTKC会計人の未来を掲載しました。
開始日:2025-12-01
「ブルーカラービリオネア」現象にみるTKC会計人の未来
~三現主義でAI時代を拓く~
企業防衛制度推進委員会 中西知行
1 「ブルーカラービリオネア」現象
近年、アメリカで注目を集めているのが「ブルーカラービリオネア」という現象です。
11月2日付の日本経済新聞でも紹介されました。これは、ホワイトカラーの稼ぐ機会が減少する一方で、技能を武器にしたブルーカラー労働者の富を築くチャンスが膨らんでいるという新しい潮流を象徴しています。
AIの普及で弁護士などの知的労働の一部が自動化される一方、AIに代替できない「技能と経験」を持つ修理工など、日本の職人に相当する技能工の価値が高まっています。例えば、米国で最も高収入なブルーカラー職はエレベーターやエスカレーターの設置・修理工で、年間所得の中央値は10万6,580ドル(約1,600万円)にも達するそうです。単純比較はできませんが、非常に魅力的な水準です。
日本でもすぐに同じ現象が起きるとは限りませんが、「AIに奪われない現場力」が重視される流れは確実に広がっています。
2 AI時代の働き方の変化
2013年にマイケル・オズボーン教授が発表した「AIでなくなる仕事」は、日本でも大きな話題となりました。あれから12年、分野により進展の差はあるものの、大筋では的を射ていたように感じます。
先日、表彰旅行で訪れたロサンゼルスでは、完全自動運転タクシーに乗り、技術の進化を実感しました。日本では運転手不足が問題となるなか、AIが人の働き方を着実に変えています。モデルや俳優の分野でもデジタルアバターが登場していますが、まだ主流ではありません。我々の業務でも、OCRとAIを組み合わせた入力自動化、リサーチや文書作成の効率化などが急速に進みました。
AIは職業そのものを奪うのではなく、「仕事の中の一部」を自動化しています。つまり、AIとどう共存し、活用するかが問われているのです。
研究では、AI時代に最も重要なスキルは「戦略的学習力」、すなわち新しい技術や変化に柔軟に適応し、継続的に学ぶ力であるといわれています。
知的労働の効率化が急速に進む一方で、物理的労働の自動化が遅れているため、身体を使う仕事の価値が相対的に上がっているのが現状です。
ブルーカラービリオネア現象は、こうした構造変化の象徴と言えます。これは一時的な現象かもしれませんが、いずれの職種でも技術の進歩に適応し、AIを使いこなす力が求められることに変わりはありません。
3 現場知が生み出す新たな価値
この現象は、単にAIが知的労働を奪い、肉体労働の価値が上がったという単純な話ではありません。ブルーカラーといっても様々な職種があります。工場などの定型業務はすでにロボット化が進み、「AIにできない仕事」というよりも、3Kのきつい仕事として敬遠され「人がやりたがらない仕事」が人材不足によって高収入化している側面もあります。
しかし、真に高収入を得ている技能工は、リモートでは完結しない「現場」で、自らの判断力と技能、さらにはAIツールを駆使して価値を生み出しています。
これはまさに、三現主義(現地・現物・現人)による巡回監査そのものです。AIがいくらデータを分析しても、現実を見て問題を発見し、判断する力は人間にしかありません。そこにこそ、AI時代における会計人の価値があるのではないでしょうか。
4 三現主義にこそTKC会計人の未来がある
三現主義そのものが、我々TKC会計人の最大の付加価値ではないでしょうか。現場を訪れ、現物を確認し、経営者と語り、税務会計の専門家としてその場で考え、判断することに真の価値があります。
AIの導入は業務効率化に大きく寄与しますが、効率化それ自体が生産性向上ではなく、目的でもありません。効率化によって生まれた時間を、付加価値創造に振り向けてこそ、真の生産性向上といえます。
もし「効率化」を名目にウェブ面談中心の巡回監査を行えば、近い将来AIアバターに取って代わられるでしょう。価値があるのは現場です。経営者と向き合い、現場で問題を発見し、共に考えることこそが会計人の使命です。監査の手法は時代とともに変化しても、三現主義の必要性は変わりません。今こそ、巡回監査体制をしっかりと構築すべき時です。
これからの時代、所内業務は徹底してデジタル化し、関与先で行う仕事はアナログ化するという二軸のバランスが重要になります。所内ではデジタル力を高め、現場では人間力=アナログ力を発揮すること。これこそがAI時代における会計事務所の生産性向上です。
そのためには、新しい技術や変化に柔軟に適応し、継続的に学び続ける姿勢が欠かせません。単なる知識の習得ではなく、人間力を磨き、巡回監査で経営者と真摯に向き合うことが、職員の成長を促し、事務所全体の力を底上げします。
クラウド会計を徹底活用し、巡回監査で、未来の会計人像を切り拓いていきましょう!